上と外

恩田陸


少年少女冒険物語、よいではないか。いまどき。

中学生の練(れん)と、妹の千華子(ちかこ)の二人の冒険の物語だ。いろいろと考えさせるところがあり、冒険自体も盛り上がって面白かった。しかし、まずひとこと言いたい。

6巻にばらされてはいるけれど、全部で1500枚ぐらいだから、それほど長篇ではない。普通の単行本ならば1冊か、上下巻程度だろう。値段も三千円ぐらいだから、見合っている。

しかし個人的には、この幻冬舎のやり方は、時節にあっているとは思うものの、好きでは無い。最大公約数の読者層を確実につかんでいるのだな、と思う。薄くすること、行間をあけ、文字を大きくすること、わかりやすくすること。もちろん軽いから携行にも便利である。

ただ、本を読むという楽しみは確実にそがれている。浸れないのだ。せっかく浸るために長篇を手にとったのに、満たされない気分である。ブツブツとコマーシャルで切られるような。ノーカットで読ませてくれよ、っていうか。

実はこの浸れない、というのは作品の中身にも関わってくるので、けっこう重要だ。なぜなら、私は冒険物語への体勢としては、あまり嬉しくない「冷静な」状態で読み続けたからだ。そのために、せっかくの面白い話に、色々いらぬ詮索をする羽目になった。

例えば、第一巻の冒頭は「科学の進歩は必ずしも人間を幸福にするわけではない。」から始まる。練はこれを身にしみて実感するはめにおちいるらしいのだが、結局6巻読んでみて、何を彼が実感したのかわからなかった。どうも作者の先走りではないかと思う。

この「上と外」は書き下ろしで、隔月刊行だったらしい。その弊害だろう。伏線が正しく生きていないのだ。また設定にわざとらしさが、隠せない。作者の中での練りが足りないのではないだろうか。十分に醗酵しないままで書き始めたか。登場人物の個性も十分に出ていないような気がする。それぞれ魅力的だろう人物が登場しているのだが、説明で表現しようとしているので、少なくとも私にはもう一歩納得できない。残念だ。ただ、こういう感想も多くは、不要な「冷静さ」の所以だと思う。

舞台となる南米G国のはなしは、かなり綿密で良く考えてある。「おぉ〜」とか「なるほど」というのが何度もあった。その謎解きは5巻後半から6巻にかけて行われる。ただ少し絵空事っぽいのだが、それは仕方あるまい。

今時、少年少女を無理なく冒険に巻き込もうとすると、けっこう大変なんだな、というのが1巻から2巻にかけての印象である。恩田氏らしい、雰囲気重視の家族の描写から始まる。その描写は手慣れている。女性の心理描写などリアルだ。

この本で一番面白いのは、2巻中盤から4巻にかけてのあたりだと思う。ややロールプレイングゲーム風のステロタイプな印象はあるが、少年少女冒険物語の王道を歩いている。ほんと、いまどき珍しい。

恩田氏には、ぜひ6巻を合本して、もう一度手を入れた完全版を作ってほしい。ネタとしては、舞台も登場人物もかなりに良いと思う。もしくは、もっと良い恩田氏の長篇小説を御存じの方がいたら、教えてほしい。


2001/12/16
few01