Ace Combat 3


ずっと気になっている本というのがある。


大学生の頃、『二分間の冒険』の事を紹介してくれた人がいて、それ以来ずっと気になっていた。本屋や図書館で見かけることはあったが、読み通すところまで踏ん切りがつかずに、他に読みたい方に流れていき、結局読まずにいた。でも例えばその表紙の太田大八氏のイラストが妙な感じで、気になっていた。恐竜のような怪獣と、それを迎え撃つ少年・少女というステロタイプな絵柄なのだが、どうも何か変だ。


本屋で頭の所をしばらく立ち読みしたこともあった。
でも、なんというか、刺激に飢えたような当時の私には、魅力を感じることができなかった。


さてちょっと寄り道になるのだけれど、この本を読む前にやったビデオゲームの事を話しておこうと思う。直前に接したので違いが際だって見えて、この本の特徴を表現するのに適切だと思われるからだ。
それはAce Combat 3 Electro Sphereという飛行機シューティングゲームだ。ゲーム自体は大変楽しませてもらった。空中戦の雲とか光の感じが綺麗で、ジェット機を飛ばしているような感覚を味わうことができ、ストレス解消に役だった。
ただ、このゲームは、すでに言われているようにそれまでのAce Combat1, 2とはかなり異なる趣になっている。
それは、ストーリーが入っているせいだ。それまでの1と2が、比較的シンプルな戦闘ゲームであったのに対して、本作では近未来の世界を設定し、その中でのドラマに沿って話が進行するようになっている。
ドラマには複数のエンディングがあり、途中の選択により、ストーリーが分岐するようになっている。 問題はこのドラマ部分だ。
OVAと言われるアニメーションの分野があるのをご存じだろうか。主にビデオ販売やレンタルでの流通を目的としたアニメーションの事である。
映画ほど大きな予算でなく、テレビほど低予算でもない、比較的制作者の自由が効きやすい形態だと言われている。
ただその中でも見るに値する物は実は少なく、多くは制作者側の自己満足に近く、一部のマニアのみが喜ぶものになっている。
Ace Combat 3のドラマは、このOVAである。比較的上等な部類ではあるが、そこに新たな発見は少ない。


世界は丁寧に構築されている。飛行機の設定やデザインもかなり頑張って作られている。インタフェースデザインも非常に凝ったものだ。ドラマ自体もかなり複雑で、すべての分岐を見ると、それらの関連性がわかるように作られている。
出てくる造語や、技術用語もマニアックで、細かな所まで造形されている。キャラクターデザインも嫌みのない、綺麗なものだ。


しかし、であるにもかかわらずここには、それらの努力に見合うだけのリアルが無い。残念ながら、リアルとはディティールを積み重ねても決して到達できないものなのだと、痛いほど思い知らされる。
Ace Combat 3の装丁や、インタフェースや、ゲームそのものは大変刺激的だ。少しレトロっぽい未来的な感じが、男の子心をくすぐる。その刺激的なアウトラインに魅力を感じながらも、どうしようもなく横たわる空虚さ。


この空しさに寂しい思いを持ちながら娘と行った図書館で、『二分間の冒険』を手にした。最初はいつものようにただ手にとって見るだけのつもりだった。しかし、いつまでたっても動こうとしない娘と、妻を待つために、本棚の側に腰かけて読み始めた。
最初の方、しばらくは、やはりあまり新鮮でも、興味深くもなかった。なんというか、ありきたりで、ご都合主義的な感じがした。
その感じが変化し出したのは、主人公が飛ばされた異世界の森での子供達の設定の奇妙さ辺りからだ。その森にいるのは、主人公の小学校の友達たちで、名前も同じで、服装も学校にいるのと同じ格好だ。しかし主人公のことは知らない。
いわゆる本物っぽさ。ホビットを彷彿とさせるような森の住民などとは、ほど遠い、明らかに嘘っぽい世界設定。しかし主人公自体もこの嘘っぽさに気づきながらも、五感には完全にリアルに感じられてしまっている。
以下は内容をご存じと前提して話を進める事にする。内容を知っていればわかるし、知らなければ種明かしにならずみ済みそうだからだ。
勇者の剣のエピソードは、予想通りの展開であるが、これを子供の本で、いや大人の本ですら、やってしまう、というのはずいぶんだ。
私は、この展開を知ったとき、かなりの背景理論がないと大変な事になる、と思った。しかしそれは杞憂で、むしろ作者の持ち味の基本は、非常に明快な哲学であることが、後で明らかになる。
やがて子供達の間に繰り広げられる、心理劇の隙のなさは古典演劇を思わせる鋭さだ。力とは何なのか。本物とは何か。RPGゲームの世界と、その構成は似ているが、戦いの本質は全く異なる。
戦いから寓意性がぎりぎりまで削り取られ、自由なパズル的選択の中から、しかし真剣に解を見つけださねばならない。


『二分間の冒険』には、Ace Combat 3のような刺激的なディティールや、明快な格好良さ、デザインセンスのモダンさはみじんもない。もちろん美しい三次元CGもない。しかし、私の心の現実を揺り動かすリアルをこの話は与えてくれた。


何故だろう。


ところで、この話は、導入部がそれほどでないのと同様に、終わりもそれほどではない。途中のセンスの良さからすると、妙にアンバランスな程に、凡庸である。これもまたこの作者の持ち味なのだろう。たぶん、彼には何かが欠けている。売れっ子の作家になるのに必要な何かが。しかしその分、非常に大事な資質を持っている。


1999/7/5
few01