光の帝国 常野物語

恩田陸


恩田陸の光の帝国を読んだ。なかなかいい。エンターティナーだな、と思う。それも古いタイプの。超能力者の物語なのだが、SFともファンタジーとも言える、10年前なら確実にSFと呼ばれただろう。

タイトルがかなり気張っているので、敬遠する人は多いかもしれない。解説を書いている女性もそうだったらしいし、私もそうだ。作品内容からすると「光の帝国」と「常野物語」の中間ぐらいにあるように思う。だからタイトルが二つあるのかもしれない。

恩田陸、というペンネームはかなり良いと思う。だから気になってはいた。「六番目の小夜子」はファンタジー大賞の候補で、後にドラマにもなった。私と同い年らしい。ドラマは少し見た。なかなか面白いとは思ったが、ずっと見るほど、また小説を読み返そうと思うほど魅力的には思えなかった。

さて「光の帝国」を読んでみて、なんだか気が晴れたような、すっきりした気分になった。ありがたい。しばらく仕事が立て込んでいて小説を手にとる暇が取れず少々イライラしていたのだが、その乾きを癒してくれるに十分な瑞々しい小説だった。それと気になっていた小骨が取れたような、それもある。

10本の短編から構成されている。それぞれ趣向が異なり、いろいろな小説技巧で作られている。そしてそのどれもがなかなかに完成度が高い。良い作を作る工芸作家の作品を鑑賞しているようだ。ひどく驚きを感じたり、新しく開かれる感じを得たりすることは少ない。作者もそういうものを志向してはいないようだ。安心して楽しめる。

最初の「大きな引き出し」では、異常に記憶力の良い家族が登場する。彼等はそれを「しまう」というのだが、日本の古典文学も、シェークスピアも、楽譜も何でも「しまって」しまえる。小学生の主人公は学校から帰ると、日課として様々な書物を「しまう」。専用の書見台もあり、先祖代々そうやって「しまい」つづけていたらしい。ただし、このことは、余所には知らせてはいけない。なぜ、しまえるのか、なんのためにしまうのか、主人公は最近疑問に思いはじめている。

短い作品だが、準備なく読みはじめて、そのまま家族とフレッシュネスバーガーに行った。ところが店で食事をしているころに、佳境にさしかかり、思わずウルウルになってしまって慌てた。しばらく小説から遠ざかっていたので免疫が薄くなっていたのかもしれない。

この他の短編も、けっこう泣かせどころのあるものが多い。公衆の面前で読むときは少し注意が必要かもしれない。

どれも好短編だが、あえて選ぶとすると「草取り」が気に入っている。新宿東口あたりをイメージして読んだ。私の体に草は生えていないだろうか。

それから甘いかもしれないが「二つの茶碗」も好きだ。小さな良い料理屋という設定からして私好みだ。自分でも、小さな良い店を舞台にした小説を書きたいと思う。

なお、短編の集まりなので物足りないところもある。長篇を読んでみたい、と思う。そこでとりあえず「上と外」を読みはじめた。一巻を読むかぎり長篇らしいはじまり方でなかなか良い。期待して読み進めることにしよう。


2001/12/11
few01