樹上の銀

闇の戦いシリーズ
スーザン・クーパー


やっと読み終わった。『樹上の銀』までたどり着くのは、そうでもなかったのだが、忙しい時期と重なったのと、本そのものが読みづらいのでなかなか終われずにいた。なんとか最後までたどり着いたという感じだ。

ファンタジーとしては比較的有名で図書館などには必ず置かれているのに、最後まで読み終えていなかったのが気になっていた。第一巻が復刊されたのを期に読み通した。

舞台はイギリスである。大昔から闇と光という2つのグループが人間を巻き込んで戦ってきている。光グループには古老(Oldones)というリーダー格のが何人かいて、時間を越えて闇と戦い続けている。アーサー王伝説がベースになっており、マーリンなども絡んでいる。話はおもに現代で流れて、時々別の空間や時代にうつる。

最初の『コーンウォールの聖杯』は、冒険児童文学である。夏休みの冒険といった感じで、少年ドラマシリーズかと思わせるような懐かしい謎解きなどがあり、超自然な出来事はほとんど登場しない。海辺の街にやってきた三人兄弟の聖杯探しの冒険である。なかなか良く出来ており、海辺の村の雰囲気も良く伝わってくる。ただファンタジーとはいいがたいので、シリーズ全体としては前置き程度の意味しかない。著者ははじめシリーズ化するつもりはなかったらしい。実際『光の六つのしるし』とは作風が大きく違い、それ以降は何やら無理矢理合体させたような印象を持った。

次の『光の六つのしるし』は、一種独特なダークな雰囲気を持ったファンタジーである。主人公ウィルの生活や、村の気候、風物などが丁寧に描かれていて、イメージが良く伝わってくる。思わせぶりな書き方も、この作では良い感じに味付けになっている。普通の生活の中の小さな決断や、迷いの中に大きな意味が隠れている、という設定が胡椒のように効いていて、作品全体に緊張感を与えている。登場人物がみな複数の側面を持っていて、それが次第に明らかになる点など、読者の予想を裏切る展開があり、それも読ませる。

そして、この作から、それ以降を引っ張る中心的なモチーフがはっきりと現れている。それは、単純な腕力や精神力が敵を倒すのではなく、何気ない日常の心の動きや、ちょっとした迷い、どちらでもよさそうな瞬間的な選択が、力になるというものだ。古老は一種の魔法使いなのだが、単純にファイヤーボール!ばーん!ってな感じではなく、剣を振り回しても勝てない。知らず知らずに不安や、心細さ、いらだちなどに囲まれて、その中で自分を奮い立たせて正しい選択をしなければならない。この選択の微妙さが緊張感を与える。闇は心の隙間に、それもわかりづらい心の隙間に入り込んでくる。

『みどりの妖婆』は、『コーンウォールの聖杯』の三人兄弟と、『光の六つのしるし』のウィルが、豪華ダブルキャストで登場する。バーニーとサイモンが闇と遭遇する所など、印象的なシーンも多数あるが、作品としての完成度は今ひとつと感じた。登場人物や出てくるモチーフにまとまりがなく、バラバラな印象を持つ。『光の六つのしるし』では詩的な雰囲気でうまく紛れていた、構成の弱さが表面化して、思いつきでストーリーが進んでゆくような感じがする。そのためエンディングも、どうも腑に落ちない。

『灰色の王』は、寒々しい感じの牧羊の村を四人が訪れて、ブラァン少年という重要な登場人物と遭遇する話である。頑固な田舎者や、猟銃をふりまわす危ない男、そして白髪、黄色い目の白子の少年など、強烈に個性的な登場人物が多数出てきて印象的であり、展開も荒々しくスピーディーなため飽きさせない。個人的にシリーズ中で最も楽しめた。

そして最後が『樹上の銀』である。色々と印象的なエピソードもあるが、それまでに出てきた溢れるネタをなんとか収束させるために、無理矢理がんばったという感じがした。構成力のなさが、ここでもう隠しようもなくなって、ファンタジーではなく、幻想文学に近い。語られる内容もかなり強引であり、登場人物の台詞にも説得力がない。まぁ無事に終わって良かった。

振り返ってみて、私には向いていない作家だなぁ、と思う。思わせぶりな書き方が、どうも鼻につくのだ。それと構成が弱く、雰囲気重視で進んでゆくので、話の世界に入ってゆくのが難しい。そしてベースなっているアーサー王伝説に私がまるっきり神秘を感じないのが、かなりに致命的だ。これが日本の伝説だったら、そうでもなかったろう。

ただファンタジー史として重要な要素も多数入っていて、読んで良かったと思う。登場人物たちは、たびたび時空を旅するのだが、その方法はなかなかのアイデアものだ。光が誰疑うことも無い正義ではなくて、強力だが、時に残酷でもある存在、というのも作品を引き締めている。

他の人にすすめるとしたら、『光の六つのしるし』と『灰色の王』だろう。これを読んでつまらなかったら、スーザン・クーパーはあきらめたが良いかもしれない。



2004/3/26
few01