ファンタジービジネスのしかけかたーあのハリー・ポッターがなぜ売れたー(野上暁+グループM^3)

ファンタジービジネスのしかけかた―あのハリー・ポッターがなぜ売れた (講談社プラスアルファ新書)


ご存じの通り、ハリー・ポッターは大いに売れ、多数のファンを獲得し、関連グッズも売れています。それに対して昔からのファンタジー好き(評論家など)には評判が悪い。ハリーのファンにとっては、評論家の意見など何の意味もないし、評論家も売れているからといって評価しなければならない義務はないので、無視するのが相場でした。なので、何故同じ作品が2つの見方に別れるのか、それはどういう意味を持つのかを議論したものは、いままでほとんどありませんでした。

この新書は、このギャップを丁寧に掘り下げています。リーダーの野上氏は、どちらかというと評論家の多い他の執筆者メンバーの力を借りながら、具体的な調査データや、ポケモンなどサブカルチャーとの細かな比較検討を行って、ハリー・ポッターという作品の現代における意味を問うています。

ハリー・ポッターに引きずられるように書店の店頭を飾っている翻訳ファンタジーを著者らはネオ・ファンタジーと呼び、その特徴を以下のように書いています。

  • 登場人物がステレオタイプ
  • ステレオタイプな約束事に従って物語を進める
  • 物語の背景はヴァーチャルを前提としたアイディアの面白さが売り
  • 物語の背景は矛盾があってリアリティに欠けていても問題ない
  • 速いテンポでプロット(場面や話題)が変わっていく
  • アイテムが豊富に登場する
  • 様々な場面で迷いなく遠慮なく魔法を登場させる

ネオ・ファンタジーとは、具体的には『ネシャン・サーガ』『ダレン・シャン』『サークル・オブ・マジック』『ローワンと魔法の地図』『レッドウォール伝説 勇者の剣』『モスフラワーの森』『大魔法使いクレストマンシー』『崖の国物語』、マインド・スパイラルシリーズ、ルイスと魔法使い協会シリーズ、アラバットシリーズ、デルトラ・クエストシリーズなどを指します。

実は私はハリー以外は一冊も読んでいないので、彼等が言っていることが、どの程度一般的にあてはまるのかはわかりません。少なくともハリーに関しては当たっているだろうと思います。

(ちなみに私は『ハリー・ポッターと賢者の石』は面白く読みました。一巻目しか読んでいないのは、つまらなかったからではなくて、単に私の自由になる少ない時間を、もっと読みたい本に振り分けただけです。続巻も時間を見つけて読もうと思っています。)

彼等は、このネオ・ファンタジーの特徴はテレビゲームや、マンガ、アニメと共通するとしており、それを一々具体的な例をあげて書いてあります。最初の牽引役は、ファイナルファンタジードラゴンクエストなどの初期RPGゲームでした。そして、それに続いて少年少女マンガ、アニメの世界がファンタジー一色になりました。以前も一部にはファンタジーから借りた設定の漫画はあったのですが、今は無いものを探す方が難しい状況です。本書では日本にはもとから現実と非現実の境界があいまいな風土があったことが、これらファンタジーものの隆盛の遠因として分析されています。

そして、これらのサブカルチャー群は世界に大きな市場を持っており、確実に国際的な多数のファンを獲得しています。この本で書かれており、私も同意するローリングの最大の才は、こういった世界的なゲーム、アニメ、マンガの世界での必勝パターンを小説の中に実現させたことです。

本書ではハリーの成功を次のように分析しています。

  • 巧みなメディア戦略
  • 作家、翻訳家、版元にまつわる物語
  • 作品世界におけるオリジナリティの排除(先行作品からの良いとこ取り)
  • シリーズ化の効果
  • メディア・ミックスおよび映画化

これらのいくつかは、多分に偶然の要素がからんでいますが、その下地は世界的にできあがっていたように思います。そして、そこにローリングという才が鍵となった。ローリングがいなくても誰かが似たようなものを生み出していただろうと思います。

さてネオ・ファンタジーは、今後どうなるでしょう。私は売れているということ、たくさんの人が手にする、ということを多いに評価します。日本では文学や文芸は全く売れていません。子ども達の間では漫画すら読まれなくなりつつあります。もちろん優れていながら、誰も手に取らない、見たこともないようなものも、存在するでしょう。しかし売れているものには何か理由があります。多くの場合、その理由は無視できるほど小さくない。

あとがきで書かれているように、ハリーのブームにはすでにかげりが見えています。ただ、どういうファンタジー小説が今売れるかははっきりしました。これから手をかえ品をかえてたくさんのネオ・ファンタジーが生み出されるだろうと思います。その中で、やがて本当の意味で「ネオ」な作品が生み出されるだろうことを期待したいと思います。


2003/8/5
few01