随筆集『だれも知らない小さな話』

随筆集 だれも知らない小さな話
佐藤さとる


Amazonのショッピングカートに入れっぱなしだった本を、CDを買うついでに購入した。それがこの雑文集だ。佐藤さとるは、私にとって児童文学ファンタジーと言えば、それはイコール『だれも知らない小さな国』だというほど好きな作家だ。ただこれは色々な雑誌などに書いた雑記を寄せ集めただけの本なので、あえて急いで読むほどのものでないと思っていた。事実読み終わってみて、急ぐものでない、と思った。ただ読んでよかったとも思った。

とても平和な安定した気分を得る事ができた。彼の文章は、かなり丁寧に校正されているのだろう、角のとれた、それでいて芯のしっかりしたものだ。彼がこの随筆でも書いているように、けっして上手な人だとは思わない。天才でもないだろう。ほとんどの雑文は理が立たず、細かく丁寧に耳を揃えた、しかし才気活発とかいう感じのまるでない、文章だ。手紙を書くのが大変苦手だと書かれていた。直せば直すほど変
になってしまい、結局出すのをやめてしまうのだと。

大変謙虚だが、特に宗教がかっているわけでも、信念があるからでもなく、自分の能力の見極めと、幸運な外的要因を十分に吟味した上での謙虚さである。もちろん卑下しているわけでない。私も人間として、こうありたいな、と思う。

中の文章は、彼の小さい時の話から、徐々に歳をとってからの話の順に並べられている。安針塚の話や、小学生全集の話、父や母のことなど身近な思い出話と、その時々の印象などが書かれている。その中に、時折、不思議な体験、不思議を楽しむ人たちの幸福な瞬間について書かれている。これは、ちょっとどきっとして、ふわっとする。そしてまさにこれが彼の作風だと思い出す。

彼が話を書き始めるに至った話や、書き続ける話、書き上げる話など、『だれも知らない小さな国』ができるまでのことが、断片的に書かれている。この雑文集を読んでいると、そうだった私も書きかけの長い話があった、あれをなんとかしたいと思う。読んでも読んでも終わりのないほどの大長編にしたい、と思う。

染みるように、ゆっくりと印象が浮かぶような、あまりに滑らかに、さらりと書かれているので、読み過ごしてしまうような書き方で、大事なことが書かれている。何度か読み返す事になるだろうと思った。