神秘の短剣

フィリップ・プルマン


短剣によって切り裂かれた傷口の血が止まらない。

『黄金の羅針盤』のつづきを、あっというまに読んでしまった。おいおい次はいつ読めるんだ?原書はもう出ているのか?翻訳に入ってるのか?なにぃっ、原書が今年の冬だって?!

前作を読んでいるせいか、立ち上がりは早く、50ページで私はすでに作者の術中にはまっていた。

読みながらいろんなことを考え、思い、思い出した。プルマン氏の残酷なストーリーテリングと、オースン・スコット・カードのそれの類似点、神秘主義と科学がからむ背景がコリン・ウィルソンの『賢者の石』を思い出させ、「もうひとつの世界」の子供たちから『蠅の王』の鮮烈なシーンが、ダイモンとその主人の関係からアーリーアメリカンの伝承が浮かんだ。

第1巻が比較的オーソドックスなファンタジーだったのに対して、この巻は空想科学小説、ファンタジー、神秘小説、冒険小説などさまざまのジャンルを駆け回るバロックになっている。そして登場するアイデア、道具、種族、世界観のいずれもがとぎすまされて、ガウディの建築を彷彿とさせる小説中に填め込まれているのは見事だ。

スペクター、ギルド、ロシア大公国軍隊、天使、崖鬼(クリフ・ガースト)、空中の穴、そして神秘の短剣。第2巻のもっとも重要な項目は、やはり「ダスト」だった。ふむ、こう来たか。それにしても、こんな所で終わっているとは。佳境に入ってから残りページ数が少ないのが気になってはいたのだが。

この本は、するどく切り裂く短剣に、象徴的に表されている。短剣をめぐる話が、短剣によって語られているのだ。アイテムがプロットを生み、プロットがモチーフを規定し、モチーフがストーリーを生む、そしてストーリーがアイテムを語る。

『神秘の短剣』という小説自体が短剣によって鋭利に切り裂かれ血を流している。アイテムが語る言葉を聞き取り、それに敏感に応える作者の感性は希有に鋭い。

さぁ次はどうする。


few01
2000/6/6