EUREKA(ユリイカ)

監督・脚本:青山真治


仕事が一段落して、まず最初にやりたいと思ったのは、映画館で映画をみることだった。東京近郊であっている映画紹介をながめて選んだのが『ユリイカ』、一回の上映時間が3時間37分という、シネスコの白黒映画だ。聞いたことのない監督の作品で、役所広司が主演をしている。

選んだのは、まず長いということ、それと長いのに眠たかったり飽きることがなく、緊張感の持続する映画だと聞いたからだ。それから九州の出身者にはぜひとも見てもらいたいという感想もあった。

見終わってすでに1ヶ月近くたっているのに、まだその時の印象が深く残っていて、思い出すと体の中に阿蘇の風が吹く。

謎解きやミステリーの映画ではないが、もしご覧になるのなら内容については知らない方が良いと思う。以下の文章では内容に触れるので、ご注意されたし。

九州だとすぐにわかる、白っぽい光にあふれた田舎の、埃っぽいバス通りに、一台の見慣れた路線バスがやってくる。バス停には甘木行きとある。蝉の鳴き声が眠たく続く。中学の男子生徒と、妹らしい女の子が乗り込む。バスはくねくねと曲がる山道を下って行く。バスの重いエンジン音と、揺れがだらだらと続く。団地の近くのバス停で老人ら数人が乗り込んだ後に、サラリーマン風の男が走って乗り込んでくる。

シーンは変わり、がらんとした田舎の駅そばの駐車場にバスが停車している。あたりには人も車もない。バスのドアが開いて、男が走り出してくる、銃声がひびき、男は駐車場に倒れ伏す。

ここまで台詞がない。

極めて台詞が少なく、長いカットの多い映画だ。とすると思い出すのがアンドレイ・タルコフスキーの一連の作品になる。しかしこの映画は全然違う。タルコフスキーのことは今これを書きながら思い出したほどで、『ユリイカ』の印象とはかけはなれている。それはタルコフスキーの映画が、多数の隠喩に彩られた意味に満ちあふれた文学的な作品であるのに対し、ユリイカには意味が実に希薄だからだ。奇天烈な設定がなく、登場人物たちの行為も実に日常的で、それがたんたんと続く。

バスジャック事件での生き残りは、前述の兄妹、そして運転手の役所広司だった。本編はそれから数年後の同じ甘木に始まる。

設定やストーリー自体には、驚くようなものは何もない。知り合いに簡単なプロットを話したら「それは火曜サスペンス劇場か?」と言われたくらいだ。また、音楽が感動を盛り上げてくれるのでも、爆破シーンがあるわけでもない。お色気、アクション、SFXなし。

それなのに目が離せない。また長いとも感じない。これは何だろう。

理由の一つは、この映画が映画の本来的な機能である、体験を与えるという点に関して妥協がなく、それ以外の無駄な機能が極力削られているからだろう。

この映画を見た観客はみな、三人と一緒に生活し、バスに乗って旅をした記憶を得ることができる。別の人生の記憶だ。特に九州に生まれ育った観客なら、自分の生きてきた環境との相似を感じることができるだろう。舞台は主に熊本、それから一部福岡と佐賀にまたがる。

もう一つの理由は、この映画でのテーマの捉え方が独特だからだ。中心的なテーマは、生き続けるということ、そしてコミュニケーションをはかるという、古典的、または普遍的なものだ。

独特なのは、映画でそのシーンを見たときにはそれほど印象深くはなかったのに、後からゆっくりと記憶によみがえって来るようなテーマの描き方がされているからだ。例えば、私が妙に気になるシーンがある。

殺人容疑で逮捕された主人公に、刑事が次のようにいう。「おまえをみていると俺達のやっていることがなにもかも無駄に思えてくる。しかしおれはあきらめないぞ」

自分が目的を持ってやっているつもりのことが、そしてある社会では十分に意味があるのに、別のひとと話すと、すべてが無駄のように思えてくることがある。むだだと思ってしまうと、残るのは虚無感だけだ。生き続けること、他人を傷つけないこと、これらのルールにもどれほどの意味があるのか。それすら疑わしくなることがある。

何カ所か気になる演出の甘さがあり、いわゆるドラマの約束事になってしまっている。それ以外は丁寧に約束事に落ちないように繋いである。プロの映画監督としてこの感覚を失わないように次回作に向かって欲しい。

残念ながら、ここまで書いてきて、まだ結局この映画の魅力を伝えらられていない感じがする。言葉が役に立たない。

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EUREKA(ユリイカ

■2000年 第53回カンヌ国際映画祭 国際批評家連盟賞・エキュメニック賞受賞

監督・脚本:青山真治、出演:役所広司/宮崎あおい/宮崎将/斉藤陽一郎/国生さゆり /光石研/利重剛/松重豊製作:仙頭武則、撮影:田村正毅、照明:佐藤譲、美術:清水剛、衣装:花谷律子、配給:サンセントシネマワークス・東京テアトル

2000年/日本/3時間37分/モノクロ/シネマスコープ/DTSステレオ

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2001/3/24
few01