BRAIN VALLEY

瀬名秀明


I君が彼の書評のサイトに、ピリッとしまった感想を書いていたので、興味を持ち移動時の暇つぶしと思って読んでみました。

とても良くできていて、比較的短時間に上下巻読み通しました。瀬名氏はエンターテインメントの定石をよく知ってます。先日、投稿した『ユリイカ』とは全く逆で、お色気、アクション、SFXばりばりって感じです。

『パラサイト・イブ』よりも分量が多く、盛りだくさんでより楽しめます。この本での最も読み応えのある部分は、脳科学の最新知識と、オカルト・UFOの話、それと神学を混ぜ込んだ蘊蓄にあります。この蘊蓄の展開こそが骨組みで、お色気、アクション、お涙頂戴などの一般的な娯楽部分は、その装飾といって良いほどです。

この作者のすぐれているところは、全体の構成も、そしてその中心の蘊蓄も、中心となる流れが実にシンプルで単純な点にあります。ほとんど当然とでも言えるほどに陳腐な中心に、実に多彩な盛りつけがなされている。これほどの素材を、これほどチープに盛りつけられる才能、かなり希有だと思う。

短いプロローグの後、ある著名な脳科学者が、日本の山奥に建設された大規模な研究施設に迎えられる所から物語が始まります。いま理研脳科学の研究機関ができていますが、あれを山奥に持って行ったようなものです。

研究施設では、脳科学、霊長類を使った認知科学、人工生命、それと臨死体験を科学的に調査する研究グループがあります。謝辞の中に電中研の人の名前もあったけど、心理学関係で協力した人がいるのだろうか。

お光さま、とかいう超生命体?を信仰する、近隣の村人たち、巫女、あやしげな研究所長と秘書、など、ありとあらゆる怪しげな者が総登場します。

誰かがマイケル・クライトンと比較する感想を述べていましたが、位置的にけっこう似てます。ただどうしても中心が脆弱で、下世話な感じが否めないのが、瀬名氏の場合に残念です。マイケル・クライトンの場合はやることは単純で、あざといですが、けっこう骨太な安心感があるのが強みです。もちろん作者それぞれに持ち味があるのですから、一概に良い悪いとは言えませんが。

またマイケル・クライトンの場合は、読者に分からせてあげようというような啓蒙意識が見えますが、瀬名氏は一種の装飾として科学知識を平気で使えるあたり、作者の個性の違いを感じます。啓蒙は時にうっとおしい。難しいものです。

ただ、ここまで誉めてきて言うのはなんですが、私が求めている読み物とは違いますね。移動時の暇つぶしなどに読むには持ってこいですが。エンターテインメントの捉え方が、どうしても古典的に過ぎます。読者と共に創ってゆく、という姿勢ではない。たぶんそんな半端なことは彼の性格が許さないのでしょう。


2001/3/26
few01

2002/1/4追記

その後、SFセミナーというSFファンの集まりでの講演のために、瀬名氏はアンケートを行った。そして、その講演および関連資料を巡って様々な議論がなされた。私もアンケートに参加したが、まとめられた分厚い資料集にはちゃんと、アンケートに回答した全員のコメントが載せられていた。その講演録や資料集を読みながら、上述のレビューにあるいくつかの憶測は外れているかもしれないと思うようになった。特に、瀬名氏は「一種の装飾として科学知識を平気で使える」と書いたが、実はきわめて啓蒙意識の高い人であるらしいことがわかった。もちろん小説執筆時に、それを意識しているかはわからないが、少々意外だった。

2003/5/18追記

いま振り返ってみるに、『パラサイト・イブ』も『BRAIN VALLEY』も何か姑息な嫌な印象が残っている。小説を読むのは単に物語を楽しむだけでなく、作者の価値観や考えの筋道・手段と対峙する、という意味合いが含まれる。姑息というのは後者にあてはまるもので、真正面から対峙していない、賢いけれど、賢(さか)しらな印象である。私の場合、こういう作家の大きさ・小ささというのは、その作家が好きになるか否かに大きな影響を与える。