日本民藝館

http://www.mingeikan.or.jp/


娘の手をひいて降りた井の頭線駒場東大前はマクドナルドが一件あるだけで店らしいものがない。ずいぶんとさびしい駅前だ。片側は東大の敷地でうっそうと木々が茂っている。周りも住宅街らしく人通りが少ない。駅前の地図を参考に少し坂になった道を歩いて行くとやがて見覚えのある巨大な現代建物がそそり立つのが見えてきた。帰りにわかったのだが東大の先端科学技術センターだ。その麓といったあたり駒場公園のはじっこにある古い城門のような建物が日本民藝館だ。入り口の脇の門柱に館名がかかれているだけなので思わず通り過ぎてしまいそうなさり気なさだ。実際帰りに外国人らしい夫婦が見つけられずに迷っていた。敷石を踏んで門の中に入ってみたが、大きな簾で隠された木戸がしまっていて開いているのか、閉まっているかわからない。大きな木戸を手で横に押し開いて中に入ると日本家屋の独特の薄明るい室内の中、石造りの土間に靴が並んでいた。靴には洗濯ばさみで番号札がつけられている。客が自分で番号札を付けるのらしい。

日本民藝館は昭和11年にあの柳宗悦が作った不思議な美術館だ。館内に入った途端に時間の流れ方が変わったのがわかる。いい建物だ。入り口のある広間は二階までの吹き抜けになっており、奥に右と左に上がる階段がある。左手前の受付で入場料を払い指示にしたがって二階へ向かう。行くまでは娘には渋好み過ぎて退屈なのではないかと思ったが、何よりまずこの建物が気に入ったらしい。こういう家に住みたいそうだ。展示室は必ず中央に民藝のベンチが置かれていてゆっくり休めるようになっている。その籐の張られたベンチは中央が窪んでいて座ると思わず根が生えてしまいそうな心地よさだ。娘はスリッパを脱いで横になっている。

受付でいただいたパンフレットによると柳は展示の仕方に相当に腐心していたようだ。


従つて列べ方も事情の許す限り物の美しさを活かすやうに意を注いである。品物は置き方や、列べる棚や、背景の色合や、光線の取り方によつて少からぬ影響を受ける。陳列はそれ自身一つの技藝であり創作であつて、出来得るなら民藝館全体が一つの作物となるやうに育てたいと思ふ。とかく美術館は冷たい静止的な陳列場に陥り易いのであるから、もつと親しく温い場所にしたいといつも念じてゐる。

まず感じられるのは展示品と客との距離がとても近いということだ。置かれていて座ったり触ったりできるものも実は展示品だったりする。触ってはいけないものには「お手を触れないで下さい」と朱書きの板がのせてある。

そして客達の雰囲気がとても柔らかいのがわかる。ふと気付くと年輩の客が木のベンチにゆったりと腰掛けてうとうとしていたりする。娘にもそういう雰囲気が伝染するのか、特段やかましく言わずとも騒がしくないように動こうとする。

特別展として名品展西洋編が開催されていた。行く前は西洋?ちょっと違うかな、と思っていたのだが、見てみると、さすがの品揃えだった。いわゆる美術品ではないので押し出しが強くないのだ、古い手仕事の成果であり長い年月を人と過ごしてきた物たちで、静かに語りかけてくる。

一通り見終わるころ入り口の広間にある柱時計が12時の鐘を鳴らした。吹き抜けに懐かしい音が響く。娘はその音を聞くや靴下のまま広間に走り出ていく。その瞬間いろいろな思いが頭の中から迸って彼女の後を追って走り抜けていった。


2002/8/6
few01