ゲーム脳の恐怖
森 昭雄(NHK出版、生活人新書)
私たち(30代)の子供時代が、それ以前の人たちの子供時代と違うのは生まれた時からテレビがあったことです。私たちはテレビとともに育ってきました。昭和32年に大宅壮一氏が「一億総白痴化」と言って警告を放ってから40年あまり、テレビの影響抜きに現代社会を考えることはできません。
現代の子供達にとって、我々にとってのテレビ同様に大きな存在なのがテレビゲームです。いまの子供達はテレビゲーム抜きには語れません。多くは生まれた時からテレビゲームのある環境にあります。しかしテレビに関して影響を科学的に分析した研究は決して多くありません。そしてそれに輪をかけてテレビゲームの影響については憶測や主観的な主張以上のものがありませんでした。
この本は私が知る限り初めてテレビゲームの影響を科学的に解明しようと(努力)した本です。その研究内容や分析はまだ端緒についたばかりですが重要な内容を含んでいると思います。
本の半分は実験結果の解説で、残りは脳機能に関する概説と著者の主張で構成されています。
脳みその前の方がどういう風に動いているかを脳波で調べた結果が書かれています。脳みその前の方は「意志」や「判断」また「創造」などを担当していると言われています。そこがどう動いているかを調べています。脳波というのは脳が活動していることを示す電気信号で装置を使ってはかることができます。
ピクピクと脈打つ信号になっていて、その脈の速さに応じてα波やβ波と呼ばれています。βは一番速い信号で頭が活動していることを示しています。αはそれよりも遅くて「くつろいでいる時」などに出る信号です。簡単に言うとβ波がびんびん出ているときは、「さえている」状態でα波が出ているときは「ぼーっとしている」状態と言って良いでしょう。
最初に痴呆患者の脳を調べた例が出てきます。痴呆患者では起きて会話をしている時もβ波が少なくα波が多く出ています。
ゲームをやる青年を調べるといくつかのパターンに分かれる事がわかりました。このゲームとはテトリスです。ゲームをやりはじめてもβ波が出続けるタイプは、ゲームやビデオを全然見ない人です。次はゲームをやりはじめて暫くするとβ波が減ってα波が増えてきますがゲームをやめるとβ波が戻ってくるタイプです。これはゲームはあまりしませんがテレビやビデオは見る人です。そしてゲームをやり始める前からβ波が少なく、ゲームをやり始めるとさらに減ってα波が増え、ゲームを終わっても戻らないタイプで、これは始終ゲームをやる人でした。
著者は、これはやばいんではないか、と主張しています。ただ何人の学生を調べて、何人のゲーマーに症状が出たのかについては書かれていません。そのため主張に説得力がありません。一つにはゲーマー度合いの調査が面倒なせいでしょう。しかし重要な研究に違いないのですから、ここは文部科学省からたっぷり研究費をつけてもらって統計的なデータが出るまでやってもらいたいものです。
またテトリスをやり続けると「ぼーっと」なる、というのは特に目新しい知見ではありません。脳波という形で示されたのは初めてかもしれませんが。問題はテトリスをやり続けるとぼーっとなるとして、そのぼーっとなるのが脳に悪い影響をおよぼすのか、という点です。
ここで著者は、ゲームをやりすぎるとぼーっとなるのが常態になるのだ、と主張しています。いつもぼーっとしているようになるというのです。しかし、本当にゲームのやりすぎがぼーっとなるのを助長しているのかは今一つ説得力がありません。ゲーマー度合い、つまりどのくらい長期間にわたって、どれほどの頻度でゲームをやっているのか、それもどういったゲームをやっているのか、と脳の状態の関係が十分なサンプルに対して調べられていないからです。研究はまだその段階には達していません。
その他に子供に対して調べた結果(基本的に青年と同じ)や、ゲームの種類による違い(格闘ゲーム、バイオハザード、ダンスダンスレボリューション)などの結果も書かれています。関心のある方は参照してみて下さい。
また、ぼーっとなるとして、それは本当に悪いことなのか、というのも実は良く分かりません。犯罪への結びつきなどが示唆されていますが、これは著者の研究範囲を越えています。警察などとの協力無しでは難しい。ぼーっとなるタイプの人は、成績が悪い、とか、他人への配慮が薄いなどとも書かれています。こういった項目もアンケートやヒアリング調査とからめれば、ある程度統計的に示せるのではないかと思われます。より詳細な調査結果が望まれるところです。現段階では少ない事例に基づく著者の持論展開にとどまっています。
ゲーマーになりやすいタイプの人がもともと、ぼーっとなりやすいタイプの人である可能性も否定できません。そうするとゲームの影響という前提自体が崩れてしまいます。
このように文句を言い出せばきりがない研究結果ですがその研究の重要性に疑いの余地はないと思います。
2002/8/25
few01
2003/7/19追記
この本は、実際に脳波計測を専門とする人たちを中心として、さんざんな避難を浴び、「トンデモ本」や「奇説」の名を欲しいままにした。それらの批判は、上述の私の文句をさらに広く徹底させたものであり、それ自体は当前とも言える。ただ、それらの批判では、この本の問題提起「テレビゲームは脳に、特に子供の脳に対して悪影響を与えるのか」に対して、どう考えるかは、ほとんど書かれていないか、どうせわからない、という諦めに落ち着いていた。それは私には大変不満だった。そこで、読んだすぐに書いた私の感想を掲載することとした。私はこの本の実験関連の記述のいい加減さや、先入観丸出しで実験結果の考察をする著者の態度には、まるで賛同しない。論文なら一瞥の下でリジェクトだろう。ただ、それと問題提起の重要性は分けて考えるべきと思う。実際、その後調べてみると、テレビの悪影響についてはアメリカを中心に相当な研究がなされているのに対し、テレビゲームに関しては研究そのものが非常に少ないことがわかった。テレビゲームの普及に対して、このアンバランスさは変である。再度、私はより広く深くテレビゲームの人体への影響の調査・研究が実施されることを期待する。