鳥類学者のファンタジア

奥泉光
鳥類学者のファンタジア (集英社文庫)


性格のさばさばした、ジャズピアニストの日本人女性、通称フォギーを主人公にしたファンタジー小説だ。彼女は30代?、いい感じに落ち着いていて飄々としている。普通のファンタジーの主人公にするには、年を取りすぎているかもしれないが、この話では、いい味わいになっている。

形式的には、かなり典型的な、行きて帰りし物語、いわゆるナルニア型ファンタジーになっている。フォギーがどこに行くのかというと、大戦末期、1944年のドイツである。

文庫本で746Pもある分厚い小説だが、比較的軽く読め、たっぷり楽しませてもらえた。音楽を中心とした、色々な仕掛け、神秘主義とかケプラー、賢者の石、オルフェウス音階、宇宙オルガンなど、楽しみが満載で、飽きない。また、山下洋輔が評を巻末に書いているが、特にジャズの好きな人には、たまらない要素が詰まっている。

構成として、クライマックスの後がけっこう長く、余韻を引くが、それも悪くない。もう一つ山場があるし。なお、エンディングのあっさり感はいい。好みだ。

いずれにしろ、小説を読むのは楽しい、と思わせてくれる長編小説だ。かつては小説を読むというのは背徳だったらしいが(今はテレビにお株を奪われた)、こういう本を読むと、さもありなんと思う。

すかすかしたファンタジーに物足りず、どろどろしたミステリーや幻想物に飽き飽きした、空想好きな人、特に、音楽が好きで、ジャズには蘊蓄のある人に、この本をお勧めする。たっぷり小悦に浸る楽しみを得る事ができるだろう。