ソング・ブック

谷川俊太郎谷川賢作
谷川俊太郎 SONG BOOK


「ゆっくりゆきちゃん」を知っているだろうか。

あんまりゆっくりなので、ゆっくり朝の準備をして、たどりついた学校はもう終わっていて、家に戻ったら、娘が三人生まれていた、という、ナンセンスが混じった、谷川俊太郎の詩だ。究極のスローライフとでもいおうか。ここまで許容できる社会は、そうないだろうと思う。この詩、好きだな。

この詩に、谷川賢作が曲をつけて、おおたか静流が歌っている。良い歌だが、もともとの詩が完成しているので、少し余計な感じがする。別のものだと捉えた方が良い。

アルバム先頭の「ほほえみ」がいい。birdが歌っている。彼女は、大沢伸一から離れてしばらく中途半端な感じで多少痛々しかったが、彼女の身体によりそうような柔らかな歌声で、よかったな、と思った。谷川の詩には鋭く冷たい突き放す所があり、それが大きな魅力だが、この歌からは、そういった感じはしない。

始めの、涼しげなやわらかい感じを、そのまま持って、終わりの、少し厳しいことばに入ってゆくので、歌いながら少し悲しげだ。

歌手も一人の人間だから、歌詞を自分の感情で受け止めるのだな。あたりまえのことだけれど、普通に歌を聞いていて感じることはあまりない。

村上ゆきが歌う「あなた」も見事だ。軽く聞き流すと、ただ爽やかな恋愛の歌のように聞こえるが、すーっと歌詞を捉えながら聞くと、実はちょっと怖い。恋する女性の甘い華やかな感じで歌っているのだけれど、その小さな深いギャップが印象的だ。

「歌」と「歌っていいですか」という二編の詩を谷川俊太郎自身が朗読している。どちらもいい詩だ。後者は有名な「これが私の優しさです」を彷彿とさせる。

谷川俊太郎の詩に音楽をつけて歌にする、というのは、想像以上に大変な仕事だと思う。鉄腕アトムの主題歌以来、あまり聞いたことがない。オリジナルの詩を知っているだけに、その研ぎすまされた完成度を知るだけに、歌にできない、というのが普通の感性だと思う

ただ、こういう試み(すでに第四作らしいが)には、思いのほか意味があるのだと感じた。歌にすることで中和され、気軽に快く聞くことができる。谷川の提示する鋭いリアルに直接対峙せずに、ことばに触れることができる。そこから、また詩に接近できる。

完成度の高い作品には、鑑賞するものを拒絶する敷居がある。それが示すものが、どれほどすばらしくとも近づけないのでは、多くの人には意味がない。歌は広い間口で「猫のヒゲの先に満ちている時」(from 「猫を見る」)への扉を開いてくれる。