夜のピクニック

恩田 陸
夜のピクニック (新潮文庫)


この本は妻と娘が先に読んでいて、二人とも面白いといっていた。映画が作られているが未見だ。

読み始めて最初、今の私には苦しいかなと思った。高校三年生の話なのだが、さすがに遠い。それに恩田陸特有の作り物めいた感じがちょっと鼻についた。面白いし上手なので読み進めるのに苦労はないけれど、小説の登場人物めいた感じがして(って、その通りなのだけれど)作品に入りづらかった。そのため最初の数十ページは正直あまり楽しめなかった。

途中で男子の一人が「ナルニア国ものがたり」の話をする。ナルニアの中身には一切触れないのだけれど、共感できる逸話だ。恩田陸の言葉かなぁ、よく分かるな、とは思ったのだけれど、作品の中での必然性が見えなくて、歩行祭に私一人置いてけぼりを食っている感じがした。

皆さんには長距離歩行の経験はあるだろうか。私はけっこう歩くのが好きで、体力無いくせに思い立って延々と歩くことがある。数年前に近所を流れる野川を散歩しつつ、ふと、15km離れた国分寺まで川を遡って歩いてきた。田舎にいる頃も時々延々と散歩をすることがあった。海外に行っても良く歩く。

先日「ガイアの夜明け」というテレビ番組で、地方活性化の一例として熊野古道の位置する、ある大きな村の話が出ていた。東京都より広い土地に数千人しか住んでいない。林業主体のこの村に、新しい観光を開発しようという話だ。しかし、有り体の観光資源では人は来ないし、箱物を作るような予算もない。そこで世界遺産である熊野古道を「歩く」というツアーをはじめたという話だ。山中をぬうように走る古道を、ガイド付きで歩く。参加者の一人に、同じ価格の他のツアーと比べてどうか、という質問が投げかけられていた。聞かれた参加者は、こういう本物の体験と、観光地をめぐるような普通の観光ツアーをくらべることはできない、と言っていて、そういうものかと思った。

歩くというのは不思議な体験で、もしかするとジョギングも同じかもしれないが、歩いている内に気分が乗ってくるというか、面白くなってくる。原始的な欲求だからか。じっと座っている時とは違う、別の安定状態のように感じる。

この話で歩く距離は80km、80kmはすごい。水戸の高校で伝統行事として本当にあるらしい(その高校出身の職場の先輩に確認した)。実行委員とか先生方が本物っぽくて、行事の描かれ方がリアルだ。

そうだな。三分の一ぐらい読んだあたりからだろうか。徐々に私も一緒に歩いているような感じがしてきた。主人公の貴子と融の心の動きや、回想が所々に入ってきて、少しずつ登場人物の背景が見えてくる。カットバックのように少しずつ見えてくる。これも歩き続ける、という展開と通じる物がある。それからは話の展開を素直に楽しむことができた。

全編を通じて無駄のない、良くできた魅力的な話だ。驚くようなことは何もなく、落ち着くべきところに落ち着く話だが、それでいい、と思う。何回か読んでみたいと思わせる。こう思ったのは、恩田陸の小説でははじめてだな。