それでも自転車に乗り続ける7つの理由

疋田智
それでも自転車に乗り続ける7つの理由


もう一度、自転車に乗ろうと思っている。すでに廃車寸前の古い自転車は粗大ゴミに出して、来年春、自転車を買うことを目指している。この本が、そのきっかけだ。

著者は、TBSのディレクターで、毎日、自転車で24kmの通勤をしている。その道(自転車ツーキニスト)のあいだでは有名人らしく、スキンヘッドが印象的なおじさんだ。しかし片道12kmって、ここ(喜多見)からだと、ちょうど新宿までだ。それはちと凄くないかい。

二段組み300ページ、かなり読みがいのある本だが、堅苦しい本ではなく、テレビ人らしく軽快な書き方がされている。また本の後半4割は、道路行政に関するある事件(後述する)の顛末にすべて割かれている。前半は、自転車生活に関する蘊蓄、自転車製造の現場(ブリヂストンシマノ)、自転車の歴史、ツーリング、自転車の買い方、自転車用語の基礎知識、と盛りだくさんで、たしかに著者が言うように、胸焼けするほどのボリュームだ。

SF作家の高千穂遙が、自転車で思いっきり痩せたのを知っている人がいるかもしれない。彼の『自転車で痩せた人』という新書が売れている。どのくらい痩せたかは、彼のホームページ(以下)をご覧あれ。大友克洋が「別人だと思ったぞ!」と驚いたという。
http://www.takachiho-haruka.com/mimiyori/mimiyori.htm
彼も疋田氏とは友人で、互いに刺激し合っているとのことだ。基本的な考え方が共通している。

さて、この本は色々面白いことが書かれていて、何よりもう一度自転車に乗りたい、と思わせたのは前半の自転車生活の楽しさ、面白さなのだが、以下は後半に書かれている、道路行政に関する話を紹介しよう。日本人なら皆知っておいた方が良いと思う重要な内容だからだ。

日本の歩道を見た欧米人、特にヨーロッパ人は「野蛮」と言うそうだ。それは、れっきとした車両である自転車が、歩行者と同じ場所を走っているからだ。日本にいると、これが常識と思ってしまうのだが、欧米的には非常識である。そういえばベルリンで、S.E.O.先輩と一緒に歩いている時に、自転車にひかれそうになったことがある。私は気付かない内に、自転車道を歩いていたのだった。先輩に注意されてはじめて、自転車と歩行者の道が分離されているのに気付いた。

日本の道路は、高度経済成長の過程で、自動車最優先で整備されていった。そして、その方向性を、既得権益の関係でなかなか方向修正できずにいる。細い道路にもどんどん自動車が入ってくるし、大きな道路は車線を最大数確保しようとして、歩道にしわよせが来るのが実体だ。その際、邪魔になるのが自転車である。自転車は車両なので、車道を通るのが原則なのだが、自動車の走る部分を広くとるには自転車を端に追いやる必要が出てくる。ところが車が路肩に一時停止や駐車していると、車道側に回り込まざるを得ないので、恐ろしく危険な状態になる。自転車乗りの人なら、あの後方確認しながら、ぶっとばしているトラックの前に出てゆく怖さを皆知っているだろう。

危険なので、日本ではどうしたかというと、歩道を自転車が通行できるようにした。それが1978年だ。歩道を自転車が通行するようになって、歩行者と自転車の事故が増加した。歩道を自転車が走るという特殊な環境のせいで、日本でだけ流行っている自転車がある。ママチャリだ。後ろ重心で、両足が常に地面に着き、せいぜい時速15km程度で、長距離走行ができない。まさに歩道専用自転車といって良いだろう。私も大変お世話になった。歩行者が迷惑を被る事がなければ、まぁママチャリが普及し、いびつな利用状況になった日本の道路も、それほど酷いとは言えないだろう。

ところが、環境問題とエネルギー問題により、時代が変わり始めている。私が属する電力業界では、電気自動車やPHEV(プラグインハイブリッド)の話が、ちょうどトピックだ。もちろん余剰電力の利用などで、電気自動車も問題解決に多少の寄与はするだろう。だが皆が皆、今の自動車の代わりに、電気自動車に乗ったのでは、問題を本質的に回避することはできない。問題を克服するには、自動車に乗るのを止めるしかない。

私は、すでにヨーロッパで多数の実例があるように、トラムなどの都市交通機関と、自転車、というのが、問題克服のための準最適解だろうと思う。そのためには、自動車の代わりとして使える自転車が必要になる。平均時速20km以上で、長距離を快適に移動できる手段としての自転車だ。残念ながらママチャリでは無理だ。ここから、ヨーロッパ並みの自転車レーンと、自動車規制、歩行者だけの安全な歩道、という三点セットが、理想の道路となる。

さて、2006年、道路交通法の改正が検討されていた。それもほとんど成立寸前まで行っていたのだが、2007年の2月頃に修正される結果となった。疋田氏らは市民運動の形で、この問題に深く関わっており、その顛末が詳細に書かれている。

純化して書くと、自転車を車道から閉め出す、というのが検討されていたのだ。自動車と歩行者だけの道にできるという法案だ。これは例えば高速道路のような、自動車専用道路の話ではない。普通の道がそうなるという話だ。もしそうなると自転車は歩道しか走れなくなる。

歩道では、歩行者との事故が懸念されるし、もちろんスピードは出せない。私は歩行者として、ママチャリとすれ違っても身の危険を感じることがある。つまり、上で述べた理想の道路の真反対の方向に進むということだ。

結果的に、この法案は、彼らの運動が功を奏したのか、理由は不明だが、撤回され、逆に、車道への自転車レーン設置の方向に徐々に動き出している。

疋田氏はこれを、「警察がパンドラの箱を開けた」と評している。現在の日本の道路の状況と、理想の道路との間には、さまざまな障害が横たわっている。帰結として、自動車の通行制限や、自転車の法律違反への厳しい罰則など、必ずしもハッピーではない道が待っている。それでも疋田氏は、この方向しかない、と言うし、私もそう思う。

いま自転車に乗っている人、自転車に乗ってメタボを解消したいと思っている人、環境問題に関心のある人に、ぜひ一読をお薦めする。