やさしさの精神病理

大平健
やさしさの精神病理 (岩波新書)

森氏の本にも引用されている1995年発行の岩波新書、名著です。ベストセラーになったように記憶していますので、既読かもしれません。精神科医の著者が、病院を訪れた数人を題材に、昔とは違う現代的な「やさしさ」について語っています。もう13年も前の本ですので、ポケベルなど懐かしいアイテムもでてきますが、書いてある内容は古びていませんね。各章がそれぞれ一人の人物を中心に書かれていて、各々短編小説のような深い印象を残します。現代の小説家が書いた連作短編集といっても通用すると思います。

席を譲らないやさしさ、好きでもないのに結婚してあげるやさしさ、黙り込んで返事をしないやさしさ、など、考えさせられます。どの章も印象的ですが、特に第3章「縫いぐるみの微笑み」と終章「心の偏差値を探して」は、鳥肌が立つような見事な話です。第3章では精神分裂症にかかった若者と、小さなリスの縫いぐるみの話で、『アルジャーノンに花束を』を彷彿とさせます。終章は司法試験に挑むエリート青年の挫折と再生について書いてあり、青春小説の一種として読む事もできます。