深夜プラス1

ギャビン・ライアル
深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))


ジャンル的には、スパイ小説に入れられているようだが、現役の諜報員は出てこないので、ちょっと違う。ハードボイルドタッチの冒険アクション小説か。舞台はヨーロッパ、パリから、スイス経由で、リヒテンシュタインまでの旅になる。シトロエンDSに乗って走る。

有名な本を読む時には、どうしても先入観が先に立つ。この『深夜プラス1』も、あまりにも有名なので、先入観があった。暗めのサスペンス小説という印象だ。暗闇をひた走る車での息詰まる神経戦、思惑の絡み合い重々しい雰囲気、というように勝手にイメージを膨らませていた。

結論から言うと、私の印象は全然あたっていなかった。プラグマティックな、かなり飄々とした楽しい小説だった。戦時中のレジスタンスがらみの話が背景にあり、決して軽い部分ばかりではないが、全体の印象は明るい。ちなみにミステリーではない。謎解きもありはするが、他愛のないもので、多少の味付け程度である。

昔から多数の人が褒めちぎっている小説だが、それにしても良くできている。なんというか奇跡的という感じすらする。登場人物が実に良く描けていて、台詞の一つ一つ、しぐさや小道具が、これしかない所に、ピタリとはまっている。ハードボイルド小説の教科書だろうか。

この小説に関しては、もう言い尽くされた感があるが、あまり他の人が言っていない点として、食べ物や飲みものがいい。例えば途中のカフェで彼らが注文するのが「大きなカップにブラック・コーヒーとプラスティックの大鉢にクロワサンを四人前」だ。クロワサンは「焼きたてで温かかった」とくる。私は、食べ物をうまそうに描く作家は無条件で信用する。

好きな人は、何度も何度も再読するのだとか。たしかに何度でも楽しめる。読めば読むほど好きになる、そういう小説だと思う。