映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

松岡錠司
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組) [DVD]


座席は満席だった。観客は高齢者ばかり。老夫婦も多い。泣かせる映画ではなかったので私としては助かった。泣かせる映画を期待した人は肩すかしを食うだろう。オダギリ・ジョーは、なかなか良かった。役所広司を彷彿とさせるアクの無い演技だ。ときどき、ふっとリリー・フランキーの横顔が重なってドキっとした。オダギリ自身は真似をしようとしたことはないらしいが。オトン役の小林薫もいい。模型の船のシーンが印象に残っている。困った人だが、たしかに悪い人ではない。

しかし、なんと言っても樹木希林だ。というか、樹木希林という女優ではなくて、小倉弁を喋る感じの良い、それでいてちょっと変わった雰囲気の女性が、実在したように見えた。例えば、彼女が居酒屋で働いているシーンで、手前の客に定食を渡す時に、左奥で待っている女性に気付き、「あ、もうじき出ますから。ちょっと待っててね」とさっと声をかける。その空気感が絶妙で、あれはシナリオにあったのかなぁ。

筑豊の炭坑町の再現はずいぶん予算がかけられていて、かつ見事だった。ぼた山の見えるシーンはCGかな。

原作を知らず、テレビでやっていたドラマも見ていないので、細かな中身は知らなかった。しかしストーリーそのものは、普通の(普遍的とも言う)話だ。ストーリーを知っていても、映画を見るのに役に立たないし、邪魔にもならない。

私は、オダギリ・ジョー演じるボクには、あまり感情移入せず、かといってオトンでもなく、どうもオカンに一番感情移入していたようだ、と映画を見終わって思う。何故かはわからないが。

一つは、すでに東京に来て18年になろうとしているのに、やっぱりまだ東京には馴染んでいなくて、九州に自分の実体があるような気がしているからだろうか。だからといって帰りたいというような郷愁とは違う。オカンの自然体で前向きな生き方に、自分のライフスタイルの理想を見たからだろうか。

昭和33年に出来た東京タワー、それから50年ほどで東京をはじめ、日本は急に変わった。明治時代から1960年までずっと5人ほどだった、平均世帯人員が、今や2.5人だ。それでも、東京タワーは屹立しつづけていて、オカンは変わらず存在し続けて来た。変わったものと、変わらないものがある。